みなさんは「個性」とか「個性的だ」などと言う言葉を
よく見かけたり耳にしたりということが日常的にあると思います
「自分の個性は一体なんだろう」
とか
「あの人は凄く個性的だ」
とか
個性という言葉に少々振り回されているようないないような・・
今の時代は「個性」という言葉がかなり重要なワードになっていることだけは確かです
個性というのは例えば
自分が凄く変わったデザインの服を着て
びっくりするくらい派手な色の靴を履いて
「これがわたし!わたしってこんなに個性的なんですよ!!!」
と少なからずアピールをしたり
絵描きさんでしたら、ものすごく変わった絵を描いたり・・
とにかく「個性」とは他の人とは違ったものを「自分で試行錯誤して作り出していくもの」
「ではない!」 とわたしは思っています
個性とは「個性的なもの」を探す行為ではなく
個性というのはその方が「こうしよう!ああしよう!」と考えて自分を作っていったものを
すべて脱ぎ去った時にどうしても自分の中に残るもの 芯になってのこっているものだと思うのです
例えて言うなら
「梅干の種を割ったときに出てくるあの小さな白い芯のようなもの」
あれがまさにその人の「個性」なんだと思います
「模写と個性」というタイトルの説明に入っていきますが
自分のほんとうの意味での個性というものを知りたい時に一番いい方法というのが実は
「模写をすること」なんです
「模写と個性」がなぜ結びつくのか???
はてなマークがみなさんの頭に沢山浮かんだことと思います・・・・
模写というのはその見ているもの お手本になっているもの
例えば師匠の絵だったり好きな絵師さんの絵だったり・・・
そういうものを徹底的に丸パクリすることです
そのものになるということ、そのものを描くということ
そっくりに写すということを模写といいます
で、、、なぜ他の人の絵を真似して描くということが個性を発見できるのかというと
どんなに頑張っても
そのお手本になっている絵師さんと同じ絵にはならないからです
絶対にならないからです・・・
で、、そこで、、、どうしても自分の個性というものが残ってしまうわけです、その絵の中に・・・
それがほんとうの 人それぞれの個性なんだと思うわけです
わたしは中学校で美術の非常勤講師をしているんですけれども
中学校3年間でとにかく徹底的に模写をさせます
数えたんですけれども3年間で5回も模写のお勉強に取り組んでもらっていました
1学期丸々4ヶ月近くずーっと4つ切り版の画用紙に自分の写真を見ながら自画像作品として徹底的に模写したり
好きなアニメ作品を3ヶ月くらいずーっと模写をさせたり・・
今3年生が卒業間近になってきて 3年間の総まとめの卒業制作として
最後の最後にまた模写をやっているんですけれども 生徒から
「もういい加減模写飽きました」という声があがっています
でも、やっぱりそう言いながら生徒っていうのは「模写」が一番集中できるんです
これは驚くべき発見なんですけれども 生徒が黙って夢中になる作業というものの
トップオブザトップは「模写の作業」なんです
模写というものは「考える必要のない行為」です
頭を空っぽにできるわけです
それが何より尊いということ
刹那的に生き続ける時間というか・・・なんというか
それが味わえる それがやっぱり子どもたちにとっての喜びなんだと思います
で 結局は模写をするっていってもみんな全然違う作品になるわけです
たとえおんなじ絵を「この絵を描いてください」といって模写をさせても絶対みんな同じ絵にはなりません
それはどうしようもなく「個性」がその絵に現れて残ってしまうからです
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